執筆-2001-
『花の宴』収録

わすれな草の望日



 壁の外に出られなかった少女の頃、切に願った事があった。
 普通の女の子になりたい。
 普通に愛する人と結ばれ、その人の姓を名乗り、共に永久にありたい。
 でも私には、無理なことだとわかっていた。
 私には、恋愛をする権利がない。
 好きな人を愛することすら許されないのだから。



 ジルは幼い頃を、療養という名目でキャロという小さな街の別荘で過ごした。
 身体が弱かったのも事実だが一番の目的は、父アガレス・ブライトの憎悪と嫌悪のの目から逃れることであった。
 もちろん幼いジルは、そんな本当の目的など知る由もなかったのだが。


「くしゅんっ」
 別荘の庭園のベンチに腰をかけていたジルは、小さなくしゃみをした。
 それを聞きつけた侍女が、慌ててまくし立てる。
「皇女様、そろそろお部屋にお戻りあそばせ」
「いや…あとすこしだけ、ここにいさせて。あの綺麗なお花を見ていたいの。お願い」
 ジルの言葉に、侍女は困ったように、しかしそのかわいい顔を見て嬉しそうにため息をつく。
「わかりました。日差しも暖かいですし、少しならよろしいでしょう。上着を持って参りますので、お待ちくださいね」
 そういうと侍女は、足早に屋敷内へと戻っていく。
 庭園には、ジル一人が残される形になった。

 春の庭園。
 花の楽園。
 そこでは時間が驚くほどゆっくり流れていた。
「綺麗…」
 ジルはベンチから立ち上がり、花を摘み始めた。
「みゃあ」
「?」
 一束ほどの花を摘んだジルの耳に、小さな泣き声が入ってきた。声の方向を見ると、一匹の白い猫がいる。
 気品のある、プライドの高そうな猫。
 その毛はふわふわしていて、触ってみろといわんばかりのもの。
 ジルはその猫に触れたい衝動にかられ、猫を追いかけ始めた。
 猫は逃げる。そして草の陰に隠れていた小さな木製の扉をくぐっていった。
 扉はきっと昔、勝手口としてでも使われていたのであろう。現在は使われていないであろうことは、周りに生い茂った草から判る。
 猫は逃げる。そしてその木製の扉をくぐった。
 惹かれるように、ジルも無我夢中で追いかけた。
 そして気がついたら、見たこともない場所にきていた。いつの間にやら裏道を通り、街のはずれに出ていたようだ。
 そして、いつのまにか猫の姿もない。
 猫も道も見失ったジルは、心細くなった。
「………………」
 どうしていいのかわからず瞳に涙をためた時、大きな声がジルの耳に入ってきた。
「だぁかぁらぁっ、私が花嫁さん訳で、シルフィードがお婿さん役。ジョウイが見届け人の神父さん役でいいじゃない!!」
「えーーーー、ナナミのお婿さんなんて、嫌だよぉ」
「そもそも、何で結婚式ごっこなのさ?」
 少年が二人、少女一人の三人組。
 少女が不満を述べる少年にくってかかる。
「だあって、ジョウイが昨日の親戚の花嫁さんが綺麗だったって教えてくれたんじゃないの!!」
「だからって別に、ナナミが花嫁さんでなくても…」
 もう一人の黒髪の少年が、ぼそっと口を開く。それを聞いて少女は頭から煙が出そうなほどの勢いで怒り始めた。
「なによぉっ!! シルフィードまで文句言うの? お姉ちゃんに逆らう気!?」
 そのとき、手を振り上げた少女とジルの目があった。ジルがびくっと身構えた時、その少女はそれまでとは表情を全く変え、にぱっと笑った。
「どうしたの? そんなところにいないで一緒に遊ぼうよ!!」
 そういって少女は、ジルに向かって手を差し出した。
 二人の少年は少女の声でジルに気づき、彼女を視界に入れる。そして驚いたように二人でささやきあっている。
「ねえ…あの子っ…」
「…………」
 黒髪の少年は、金髪の少年に同意を求める。しかし金髪の少年はぼーっとジルを見つめたままだった。
「ねえ、ほらっ」
 少女の催促に、ジルはゆっくりと手を差し出し、歩み寄った。
「私ナナミ。あなたは?」
「えっ? 私…」
「ナナミ、彼女は…」
 ジルが口を開こうとすると、黒髪の少年が口を挟む。しかし少女は、それを遮る。
「シルフィードは黙ってて!! 私女の子の友達ほしかったんだ」
「私はジル…」
 ジルは多少ナナミという少女に気おされ、小声で自分の名を告げた。
 それを聞き取り、ナナミという少女は満面の笑みをたたえる。
「ジルちゃんね。今ね、結婚式ごっこをしてたの」
「結婚式?」
 首を傾げるジルを、ナナミは上から下までなめるように見る。
「そのドレス、お姫様みたいね。ジルちゃんに花嫁さん役やらせてあげるよ!」


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