誓いにひとひらの花弁

『ローモンド』収録




 ハイランド城下の片隅に、子供たちの声が響く。
 平和な、平和なひと時。

「なー、次何して遊ぶ?」
「お姫様ごっこ!」
 無邪気な、無邪気な子供たち。
「私がお姫様ね」
「えー! 私だよーーー」
 どの少女もが憧れる姫役をめぐって、ここでも少女たちは言い争う。そんな光景の片隅に、一人花壇に腰をかけてつまらなそうにため息をついている少年がいた。
「おい、シード、遊ばないのか?」
 別の少年がその少年の不機嫌そうな表情に気づき、声をかける。しかしシードという少年はパッと立ち上がると片手を挙げ、少年少女たちに背を向けた。
「付き合ってらんねー。帰る」
 そしてすたすたと歩き出してしまう。
 置いてけぼりを食らった少年少女は、ただただ呆然とその後姿を見詰めていた。


 姫なんて嫌いだ。
 生まれながらの姫という人種も、姫になろうとする奴らも。
 奴らはただ、護られることしか考えていない。
 自ら物事を変えようとしない受動的な人間だ。
 男のことを、ただ自分の身を護る盾だとしか思っていない。
 オレは絶対、そんな奴らに利用される男になるのはごめんだ。
 …絶対。

 そう、幼い心に誓ったシードであった。
 その数年後、彼はハイランドの騎士になり、王家に仕えることとなる。
 あれほど嫌っていた、「姫」のいる王家に。

 こんっこんっ。
 シードの私室に軽いノックの音が響く。
 私服で寛いでいた彼ははだけたシャツを治すことも無く、休息を邪魔されたことへの不服の表情でノックに答える。
「誰だ?」
 シードの答えに扉を開けたのは、絶対にこんな場所へ来ることなど考えられない人物であった。
「な…なんであんたがこんなところへ…」
 さすがのシードにも、狼狽が見られる。
 その扉の向こうにいたのは、長い黒髪に豪奢なドレスを纏った人物。
 そう、あろうことか彼のもっとも嫌いな人種。
 ハイランドの「姫」、ジル・ブライトその人だったのだから。
「警備の兵に少々のポッチを握らせて案内させました」
 ジルは少しも物怖じすることなく、シードの問いに答える。
「いや、俺が言いたいのは…どうしてわざわざこんなところに『皇女様』自らが来たのかということで…」
 あまりに突然の苦手人物の登場に多少あせりながらもシードは言葉を返していた。そんな彼にジルは媚びる様子などまったく無く、まっすぐな瞳を向けている。
「…椅子も勧められないなんて、よほど歓迎されていないようね」
「申し訳ありません。クルガンのような紳士的振る舞いはなれていないもので」
 ジルの言葉にカチンと来たシードは、精一杯の丁寧な皮肉を返しながら彼女を部屋に招きいれ、扉を閉めた。
「…そんな言い方しなくてもよろしくてよ。私はあなたに好かれていないことは解っております」
 ジルはまるでシードの心を読んだかのように、怜悧な瞳で言葉を紡ぐ。
「話が済みましたら、出て行きます」
「で、ご用件は?」
 シードは半ばあきらめ、腕を組んでしぶしぶ口を開いた。そんな彼から目をそらすことなく、ジルは告げる。
「…お願いです、兄を止めてください。兄直属の部下であるあなた方ならば…」
「『皇女様』」
 一気に吐き出したジルの言葉を、シードは皮肉の籠った声でさえぎった。ジルはビクッと身体を震わせて彼を見つめている。
「貴女はオレに、命を捨てろとおっしゃるのですね」
「え?」
「兄君ルカ・ブライトに逆らうことは死を意味する。それがわからない貴女ではありますまい?」
 シードはありったけの皮肉を込めて、丁寧な言葉遣いをする。
「貴女はオレ達下の者は、自分に命を賭するのが当然だと思っていらっしゃる」
「あ…私はそんなつもりは…」
 ジルは自分の言葉の意味を理解して青ざめる。シードは彼女をを試そうと、思った。
「でも…」
「え?」
「もし貴女が今ここでその、自分では一切努力をせず、他人の力で手に入れたドレスを脱ぎ捨ててオレに身を投げ出すほどの覚悟があるのならば、オレも貴女のために命を懸けてもいい」
 いくら幼い少女とはいえ、その言葉の意味がわからないわけはないだろう。泣きながらあきらめて部屋を出て行くと思っていた。そう期待していた。
「わかりました」
「?!」
 ジルは、おもむろにドレスのリボンを解き始める。
「そんなことで、兄の凶行をとめられるのならば…」
(脱いだ? 姫という、お高くとまり、人を見下している人種なら、無礼だと怒るものではないのか? 理解できねえ…)
 シードは理解ができず、表情には出さないがかなり狼狽した。そしてジルのほうを見る。ドレスにかけられた彼女の手は、震えていた。
(ふっ…当然か)
 シードはその震えを見て、少し安心して口元を緩めた。
「…もういい。 意地になってできないことをやるというもんじゃない。それは功を焦った無能者のすることだ、とよく言っている奴がいる」
「でも…取引でしょう?」
 ジルはシードの言葉に半ば安心したのか、涙の浮かびつつある瞳を上げる。
「貴女の無鉄砲な度胸に免じて一つ約束しましょう」
「?」
 シードは決めた。この、今で彼が考えてきたどの姫とも違うこの姫のために。
「もし深い知と勇気を持ってこの国を変えようとするものが現れたのなら、国のためではなく『貴女のために』その者に尽くすということを」
「…ありがとう…シード…」
 ふわっとやさしい花が咲いた気がした。
 ふわっと優しい香りがした気がした。
 笑ったのだ。ジルが、微笑んだのだ。
(微笑んだ…? それにこの姫は、なんて自分を安売りするのだろう。そんなに国が大切か?)
 シードは部屋から出て行くジルの後姿を見つめながら考えていた。
(一体何を守ろうとしているんだ…? 今までオレが考えてきたどんな姫とも違う…オレにあんな約束をさせるなんて、目が、離せない…)


 変わる予感がした。
 変える予感がした。
 もし、深い知と勇気を持ってこの国を変えようとするものが現れたのならば。


Fine..




 



 

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