『Streif Licht-一筋の光-』収録
1999.10発行
Remake///2002.3
ここはイザーク城。やっと暖かさを感じることのできるようになった3月のはじめ。
剣聖と光の巫女の夫婦姿も国民に親しまれ、人々は次の嬉しい報告をいまかいまかと待つようになっていた。
「ねえあなた。イザークの人ってみんな黒髪よね」
城内の二人の私室で夫の髪をとかしながらユリアはふとつぶやいた。まだ少女さの残る明るい声で。
「…不気味かい?」
夫は妻の動きの邪魔にならないように頭の位置を固定したまま彼女の真意を探るかのように問い返す。
その夫の問いに、ユリアははじかれたかのように答える。
「まさかっ! むしろすごいと思うわ」
夫シャナンの長い髪がとかれる音が静かな室内へ響く。
「漆黒は母たる夜の色。暖かく包み込んでくれる安らぎの色だもの、羨ましいわ」
無邪気に答える妻に、シャナンは思わず微笑みを漏らした。
昔は想像すらできなかった光景。
自分がこんな安らぎの時間を有することができるなんて、思っても見なかった。
その資格があるとさえ思っていなかった。
「ふっ…。漆黒の髪はこの国の特徴だからね。私は叔母に連れられて初めて他の国へ行ったとき、とても驚いたよ」
シャナンの脳裏に幼い頃の思い出がよみがえる。
銀の髪…
失ってしまった女性…
取り戻せない時間…
「私あなたの髪、とても好きよ」
妻ユリアはそんなシャナンの沈みかけた心を読みとったかのように、唐突な言葉を浴びせた。そして手を自らの腹部へ持っていき、柔らかく微笑む。
「この子もあなたと同じ、漆黒の髪だといいな」
「…そうだね…」
シャナンはそんな妻の言葉に曖昧な同意の言葉を返すことしかできなかった。
彼女は知らない。
この長い黒髪と共に悲しい初恋が受け継がれていくことを。
少しでも可能性があるのならば、この子に自分や叔母と同じく悲しい初恋は経験させたくない。
この子も私やアイラと同じように…悲しい初恋を経験してしまうのだろうかーーー
遠くに思いをはせたシャナンを呼び戻したのは、再び妻の声。
「私初めて逢ったときに感じたの」
「?」
またもや彼女の唐突な台詞に、彼女の手が止まっていたことに気づいたシャナンは振り返った。
「この神秘的な黒髪のあなたに安心させられていることを」
じっとシャナンの目を見つめて微笑むユリア。その顔がだんだん近づいてくる。
「今こうしてあなたといられて、とても幸せよ」
彼女の瞳が視界からはずれたと思うと、シャナンの頬に暖かい物が触れた。
あっ! …そうか…。
この子に受け継がれるのは悲しい初恋だけじゃないんだ。
その後の、何物にも代え難い幸せも受け継がれていくのだ。
私や…アイラがそうであったようにーーー
「ふっ…」
シャナンは自分の愚かな杞憂を吹き飛ばした妻に優しくほほえみかけた。
「君と一緒に黒髪の子を育てるのも、悪くないかもしれないなーーー」
〜des Licit der Welt erblicken〜生まれ出る END
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