執筆-1999-
『Rosenkranz』収録

罪の花びら…



 

光の龍が…すべてを飲み込んだ………

 
 笑い声が聞こえる。
 闇から解放され、喜ぶ声が。
 世界を、光が包む。
 しかし、私の手は、血に濡れたまま……
 実の兄、双子の兄、自分の半身をこの手にかけた。
 いくら悪の化身、世界を覆う闇を倒したからといって、中身は兄ではないとはいえ、人々は納得すまい。
 世界の解放を喜び、私をたたえる反面、私を、忌まわしいものを見る目は隠せない。



「にい…様……」
 ユリアは、倒れているユリウスの骸を抱きしめた。
「兄様は、これで…幸せになれた…?」
 泪が、おちる。
「私は…どうしたら…いいの…?」
 兄は、もう答えることはない。
「すべての真実は私の心にしまって…私だけ…悪になれば…済むのね……?」
 ユリアは、兄を抱きしめ瞳に泪をためたまま、首をかしげる。
 兄は、答えない。



 イザークの民は、私を受け入れてくれるだろうか……?
 民は、愛に溢れている。
 家族の血にまみれた私は、あの国には相応しくないだろう……。
 でもそれは、この世界の何処にいても、同じこと……。

「私の安息の地は、もう…どこにもないの……?」



 ユリアは兄の顔を両手ではさみ、見つめる。
「ねぇ兄様…一人だけ行ってしまうなんて、ずるい…。私だけ置いていかないで…私も…連れて行ってよぉっ……」
「ユリアっ!?」
 そういうとユリアは泪を流し、兄の骸を再び抱きしめるようにして、絨毯の敷かれた床に倒れた。
「…………………」
 その様子をそばで見ていたセリスとシャナンは、何も言葉をかけることが出来なかった。
 今の彼女には、どんな言葉をかけても効果は現れない。
 これは、彼女が自分で乗り越えなくてはならないもの。
 彼女以外、誰にも分からない、この、辛さは………。


++++++


 最後の戦いから数日。
 ユリアは眠りつづけた。
「ユリア……戻っておいで……」
 シャナンは眠り続けるユリアの寝台の横に腰掛け、彼女の頬に手を当てた。
「君がいないと……私は………」
 切なそうに彼女を見つめるシャナンの瞳には、うっすらと泪が浮かんでいる。
「ユリア……」



「真っ赤…な海」
 ユリアは辺りを見渡した。
 あたり一面、赤、赤、赤……。
「お願い……私を帰して………」
「何を言っているんだい? 君は帰りたくないんだろう? おいていかないで、と泣いたではないか」
「!?」
 ユリアは振り返った。
 そこには、血にまみれた兄の姿が……。
「兄様……」
「さあ、私と一緒に来るかい? ここには、君を責める者は誰もいないよ?」
 ユリウスはユリアの腕をぎゅっと掴んだ。
 その手は恐ろしいほど冷たく、恐ろしいほど強い力で。
「ひゃあっ」
 ユリアは思わず声を上げた。顔が、一瞬にして青ざめる。
「やめて…」
 かろうじて出た言葉は、それだけだった。
 恐怖に、声が出ない。
これから連れて行かれようとする場所の恐ろしさが、本能に伝わる。
「何を言っているんだい。あっちの世界には、もう何も未練は無いのだろう?」

『ユリア……』

「!? シャナン様!?」
 そのときユリアの耳に飛び込んできたのは、懐かしい声。愛しい声。
(そうだ、私にはあの人がいた。どうして……信じられなかったのだろう・………)
「兄様……」
 ユリアは兄の手を振り払い、正面に見据える。
「ごめんなさい、一緒にはいけないの。私には……大切なものがある。私を必要としてくれる人がいる。それだけで、十分」
「ユリア……」
「私は、まだがんばれるから……」
 ユリアはゆっくりと微笑む。
 そんな彼女を光が包む。
 視界がぼやけていく。
 ぼやけていく光の向こうで、血まみれの兄が微笑んだように見えた。


 私は、まだ、がんばれる……。
 私は、貴方の元に戻る……。
 あなたが私を必要としてくれている限り、私は、貴方のそばにいるから………。



                                                           了







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