執筆2004年
「まるで祈りのような」収録
違うの…怒っているんじゃないの…怒っているんじゃないけど…ただ……
「……ア …リア ユリア!」
「あ…ラクチェ」
遠くから聞こえてきた友人の声に、現実に引き戻れる。
ユリアはやっとのことでそこが城の中庭だということを思い出した。
「何、怖い顔してるの? 怒ってる?」
心配そうに自分の顔を覗き込むラクチェに、ユリアは無理に笑顔を作って返そうとする―――でもそれは笑顔を形どることはできなかった。
「…ううん、怒っているんじゃなくて……」
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出陣前の会議も終わり、城内はあわただしく人が行き交っていた。
そんな中、ユリアはある人物を探して城内を走り回っていた。
ローブの裾が翻り、絨毯に足をとられそうになるがそんなこと気にしていられない。
(あの方が…出陣なさる前にっ……!)
反対側の棟に目的の人物を見つけたユリアは、全速力で回廊をわたる。息が切れるがかまっていられない。
歩いていては彼の人は、どんどん先に行ってしまってユリアの足では追いつけないのだ。
「シャナン様っ!!!」
「……ん?」
大声で呼びかけられた声に、シャナンは足を止めて振り返る。
多少かすれていたが彼がその声をまちがえるはずはなかった。
「…ユリア、どうした?」
自分の元まで走ってきたユリアの息が整うのをシャナンはゆっくりと待つ。
これから出陣だというのにこんなに息を乱していて大丈夫だろうか。
「私の配属を…後方の支援部隊に変更するようにセリス様に…進言なさったんですか?」
自分を見上げて問うユリアの瞳は潤んでいて、ともすればその紫水晶の瞳から雫が零れ落ちそうだ。
シャナンは心にちくりと刺さるものを感じたが、彼女から瞳をそらさずに凛として答える。
なるべく表情を変えないように、彼女にこの不安を悟られないように。
「…ああ、耳が早いな」
「…何故です!? 私をずっとお傍に…私を共に戦わせてくださるのではなかったのですか? 私は、シャナン様のお傍で、お力になりたいのに……」
「………前線は危険だ。いつ何処から刃が飛んでくるか分からない…。私は君が、安全な場所にいてくれたほうが…安心して戦える…」
「!」
シャナンの言葉に一瞬にしてユリアの表情がゆがむ。
「何故…ずっと、ずっとお側において下さるとっ……」
(コワイ…コワイノ……離レタラ…二度ト会エナクナッテシマイソウデ――――――)
「…っ…」
ユリアの悲しみに満ちた表情に耐えられなくなり、シャナンは少し視線を落として呟く。
「…君を…必ず護るとは約束できない……」
(…コワインダ…マタ…護レズニ失ウノガ…本当ニ大切ナモノダカラコソ――――――)
「シャナン様…私はっ!」
――――――護られたいわけではないのに。ただ、側にいたいだけなのに…。不安なだけなのに……。「…………」
ユリアはシャナンの言葉を受け、俯いて肩をふるわせた。シャナンの手がそんな彼女の肩に触れようとしたそのとき、ユリアははじけるようにして叫んだ。
「…シャナン様…私の気持ち、全然わかってくださらないのですね……もう、いいです! 嫌いです!」
そしてそのまま背を向け、長い衣の裾を翻し、豪奢な絨毯に靴をうずめながら走り出す。
「ユリア…!」
シャナンのものいいたげな叫びと、決して届くことのない伸ばされた手が、回廊に残された。
午後の穏やかな日差しは静寂とともに、その出来事を見つめるのみであった。+++++++++++++++++++++++++++
「へぇ……」
ユリアの隣に腰をおろしたラクチェは、飲み物を持って休息にと後から駆けつけたナンナとともに事の一部始終を聞いていた。
「シャナン様だったら、『俺が護ってやるから俺のそばから離れるな』くらいいいそうだけどなぁ…」
ハーブティの入ったカップを傾けて中身を一気に飲み干し、ラクチェがつぶやいた。
彼女らのシャナンに対する見解は同じなのか、林檎を器用にナイフでむきながらナンナもうなづいている。
「だが、俺はシャナンの気持ちもわかるな。愛する者が安全な場所にいるとわかっているからこそ、安心して本来の力が出せるということもあるんじゃないか?」
「アレス!?」
突然聞こえてきた声と背後から首に回された腕に驚いたナンナが衝動的に声を上げる。ユリアとラクチェが声のしたほうを見ると、いつから聞いていたのか、ベンチの後ろにアレスが立っていた。
「え、あ、アレスもそうなの? 私がそばにいないほうが…?」
何故彼がここにいるのかよりも気になったのだろう、ナンナが上を向いてアレスの瞳を見つめながら怯えたように問い掛ける。アレスは彼女のその不安を一笑にふした。
「いや、俺はお前が目の届くところにいて、そばで護ってやれるほうが安心する」
「私だったら、護られるより背中を預けてもらって共に戦うほうがいいな」
唇に人差し指を当てて考えるようにつぶやいたラクチェに、ナンナはくすりと笑ってからかうような視線を向ける。
「ラクチェは、「護られる」より「護ってあげる」よね」
くすくすと笑いの咲く中庭。
風は髪をなでていく。
「………」
つかの間の幸せの薫る場所であったが、ユリアの表情ははれることは無かった。
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「………」
なんだかもはやため息すら出なかった。
自分はわがままなのだろうか…一緒にいたいと思うこと自体、彼にとっては重荷なのだろうか……。考えれば考えるほど、悪い方へと傾いていく。
「……ユリア」
そんな思いで自室へ重い足どりで向かっていたユリアは、控えめにかけられたその声に足を止め、はじかれたように振り返った。
「…シャナンさま!?」
そして、背後に立つ彼の姿に驚き、瞠目した。
シャナンの腕いっぱいに花が抱かれていたのだ。まるでいつもユリアを抱くように…優しく、いとおしそうに抱かれたその花は、紛れも無く彼女への贈り物であろう。
「…その…街に出たら、花屋が…持っていけとうるさくて……」
自らのらしからぬ持ち物に照れているのか、彼は少し顔を赤らめながら言い訳をする。……この人が嘘をつけない人だということは、私が一番よくわかっている。
どんな顔をしてこんなにもたくさんの花を買ったのだろうと想像したら、怒りと不安なんて消えた。
…私の、ために……。「さっきは……嫌いだなんていってごめんなさい……」
ユリアは微笑み、シャナンに駆け寄った。その腕の中の花に顔を近づけ、嬉しそうに微笑む。
シャナンはその彼女の表情を見て安心したのか、穏やかな表情浮かべていた。そのときはまだ、知らなかったの……
貴方に、『護るという約束をして果たせなかった』過去が、あったなんて―――――――――。了
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