『まるで祈りのような』収録
2004発行
子供たちの暮らすティルナノグの里。レヴィンが気まぐれに風のように現れて子供たちの成長の様子を見るのも恒例となっていた。
「レヴィン、気をつけて」
里の入り口でその去り行く姿を見送るシャナンももう十七となり、幼い頃のかわいらしさから脱却していた。背が伸び、肩幅も広くなり、重ねてきた年月を物語るかのように艶のある黒髪は長く長く伸びている。
「……ああ、お前たちもな」
いろいろと含蓄されている言葉をシャナンは真摯に受け取る。里に残されている子供たちはまだ小さい。自分たちを始めとした「大人」に部類されるものたちが護ってやらなくてはならない。
小さくなっていくレヴィンの後姿を見つめながら、シャナンは自分の任の重さをかみ締めた。「……ん?」
建物の広間に入ったシャナンの目に付いたものは、1冊の本であった。古代語で書かれた、歴史書のようなもので、レヴィンの持ち物に他ならなかった。
「…これはレヴィンの本か…。届に行くか」
次にレヴィンがこちらを訪れる予定はわからない。もし大切な本だとしたら、近くの町の宿屋に泊まっているうちに送り届けてあげたほうが親切だと判断した。
オイフェに留守を任せ、気休めの変装のために髪を高く結い上げで里を出る。暫くすると目的の町の宿屋につくことが出来た。
「レヴィン、いるか…?」
レヴィンのいる部屋を聞き、軽くノックをする。かちゃ、と小さな音を立てて顔を出したのは、予想に反して幼い少女だった。
銀の髪、紫の瞳…部屋を間違えてしまったのではないかと焦るシャナンを見てか、少し瞳を潤ませた少女は小声で告げた。
「…レヴィン様のお知りあいですか? レヴィン様はまだお帰りになっていません…」
自分を見つめる紫の瞳に吸い込まれていたシャナンは少女の言葉で我に返り、手に持っていた本を差し出す。
「あ、そ、そうか…じゃあ、この本を渡しておいて貰えるか…? レヴィンの忘れ物だ」
「…はい」
少女は胸の前で本を抱え、微笑む。
「じゃ…それじゃあ………ぁ?」
慌てて帰ろうと回れ右をしたシャナンは服を惹かれる奇妙な感触に思わず声を上げた。ゆっくり振り返ると、少女が服の裾を引いている。
「……? どうした?」
「あの……少し、お話してくれませんか…?」
少女は怯えた瞳で、しかしどこか期待と懇願のこもった瞳でシャナンを見つめた。
「……」
微笑ましさに似た暖かい気持ちを感じ、シャナンは笑みを浮かべて答えた。
「……というわけで、いつもイタズラばかりして困った奴らがいるんだ」
シャナンは室内のテーブルにつき、少女に里での暮らしを語って聞かせた。少女と同じ年頃の子供たちがたくさんいるので、話題には事欠かなかった。少女は始終瞳を輝かせてシャナンの話に耳を傾けている。普段は喋ることを得意としないシャナンだったが少女の期待に満ちた瞳に言葉が引き出されるようだった。
「……でも、俺を勝手に室内に入れて……あとでレヴィンに怒られないか?」
「大丈夫…だと思います。貴方から怖い感じはしませんし…レヴィン様のお知りあいでしょう…?」
話に夢中になって、当然のことを失念していたシャナンは恐る恐るたずねたが、少女はまったく心配していないようだった。
「…ま…それはそうだな…」
「それに………」
なにか言いかけて少女はつと下を向く。そして小声でぽつりと言葉を紡ぎだした。
「……一人でいるの、こわかったんです……怖い夢を見たから……」
ぽそりとつぶやいた少女の瞳には、怖い夢の内容を思い出したのか、涙が宿っている。
シャナンはふっと微笑んで、安心させるように少女の頭をなでた。里の子供たちが泣いているときにそうするように。
「…そうだ…まだ君の名前を聞いていないね…レヴィンの娘…じゃないよな…?」
「あ…私の名前は…」
少女が瞳を上げて口を開きかけたとき、扉が開いて部屋の主が入ってきた。入室したレヴィンは予想外の光景に一瞬目を丸くしたが、取り乱すことなくしずかに言葉を投げかけてきた。
「…シャナンか? どうした」
「あ…レヴィンが忘れていった本を届けにきたんだ」
シャナンは何かやましいことをしていたような後ろめたさを感じ、慌てて立ち上がった。そしてテーブルの上に置かれている本を指す。
「ああ、忘れていたか…」
レヴィンの視線がテーブル上の本に注がれたのを好機のようにシャナンは彼の視線から逃れ、部屋の扉へと向かった。
「じゃ、俺はそろそろ帰る…オイフェ達が心配しているといけない」
「あ、あの…相手をしてくださって有難うございます…」
それまでシャナンがレヴィンに怒られるのではないかとはらはらした様子でみていた少女はいそいでシャナンに駆け寄り、名残惜しそうに礼を言う。
「……またな」
シャナンはその様子に微笑み、宿をあとにした。急いで宿を出てほっとため息をつく。
宿を見上げたシャナンは、ふと思い出したように口を開いた。「…名前聞くの忘れた……。まあ、また会えるだろう……」
その出会いが運命的なものになるだろうとは、この段階では思いもよらなかっただろうが…。
風のように時は流れる。
運命を紡ぎ、音は進んでいく。
来るべき、運命の刻はゆっくりと近づいてくる…。
了
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