『それぞれの真実-Each Truth-巻ノ1』収録
1996.6発行
次の愛は、正史から見れば、騎士の道から外れた愛。しかしそれは最も尊く、最も清い愛であった。
もっとも尊い愛を貫き、その愛の償いの為に自らの命を棒げた男と女がいた…。
『あの方達の愛は、紛れもなく本物でした。他の者が人る余裕などないほど固いもので結ぱれていて、割り込む隙など有りませんでした。なんとか割り込んだ私も、終始所在などないに等しかったのです。ラケシス様のお心には、常にあの方しか住んでおられなかったのですから。私はラケシス様を、罪の道からお救い申し上げることがでませんでした。いや、彼女たちにとっては救われる必要などなかったのかも知れません。お互いが、たとえ離れていようと――同じ世に存在しているというだけで倖せだったのですから。私にできたのは―――彼女を見守り続けることだけでした―――』(【懐古録】より)
二人の愛は、二人を異母兄弟としてこの世に送りだしたへズルの神の戯れの、美しい結晶である。
レンスター王家の忠臣であり、新トラキア王国の初代王、リーフ=レイ=T=レンスターの育ての親。そしてアグストリア諸公連合ノデイオン壬家の獅子王エルトシャンの妹ラケシス姫を娶った槍騎士、フイン=ステア=ライックスは後にこのように語った。そしてその後、悲しそうにイード砂漠の方を見つめたのである。
ラケシス姫と騎士フィンの実子であり、アグストリアの盟主ノディオン王アレスの妻、ナンナもまた語る。
『私は母上の悲しげなお顔しか覚えておりません。母上とエルトシャン王の実子である兄デルムッドは2歳になる前にオイフェ様、シャナン様とティルナノグへ向かったのでお顔どころか母上と過ごした記憶さえないそうです。私達は母上を母上が残した日記と、当時を知るオイフェ様、シャナン様、そしてレヴィン様のお話から想像するしかなかったのです。父上は…母上のことはなにも語ってはくださいませんでした。どうやって母上と結ばれたかも。母上が兄を迎えに行ってから帰ってこない理由も、見当はついているようですが話してはくれませんでした。私と兄の父親が違うのも、父の口から聞いて知ったのではありません。ですから私がお話てきるのは、以上のようにして知った母上とエルトシヤン王の、そして父上との愛の一部だけです。もしそれでもよろしければ、お話いたしましょう』(【アグストリア記】より)
戦の後各国で編集されたもののうち、アグストリア王家の【懐古録】【アグストリア記】、新トラキア王国の【建国論】や当時を知る人の話、そして私の記憶を元にして、ここに獅子王エルトシャンとラケシス姫の高貴なる愛を説こう。
「エルト…」
ラケシスは自分の呟きで目をさました。その瞳からは涙が流れ出ている。
(わたし…またエルトの夢を…)
ゆっくりと寝台から起き上がり、隣で眠る人物を見た。
自分を闇から救いだしたもの。彼はそのためにどれだけの気持を犠牲にしたのだろう。しかし自分はまだ、彼の気持ちに完全に報いてはいない。
(私がまだ、エルトを忘れられていないから…)
ラケシスはゆっくりと寝台から抜け出し、ガウンを羽織って部屋をでた。そして隣の部屋へ静かに入る。
そこには娘のナンナと、レンスター王国を継ぐ王子、リーフが安らかな寝息をたてていた。
ラケシスはナンナの隣、ベットの上に腹を掛けて、その頬を撫でる。
(私はエルトを忘れられていないのに、彼を受け入れてしまった。だって、忘れられるわけないじゃない―――!)
ナンナは彼女にとって、自分が不実な女だという証拠だった。エルトを裏切っているという証拠である。そしてイザークの隠れ里ティルナノグにいる息子デルムッドは、フィンを裏切っている証拠なのだ。なぜならデルムッドは、本当はエルトの子だからである。
しかもフィンは、その事実を知っている。
それがラケシスの心を痛めていた。
あの時彼がなぜ「あんなこと」をいいだしたのかは分からない。しかし彼女はその彼の言葉に縋ってしまった。そうしなければ自分が消えてしまいそうだったから…。
(この子を殺して…)
もうフィンを、そして自分を苦しめるのがいやになっていたラケシスは、憑かれたように娘の細い首へと手をのぱした。そして力をこめる。
「…はは…うえ…?」
突然ナンナは目を覚まし、ラケシスを見つめた。我にかえったラケシスは娘を抱き締め、自分の行動を恥じることとなった。
「ごめん…ごめんね、ナンナ…」
「ははうえ…」
ナンナはまだ、自分が殺されそうになったということが分からない。大きな瞳で、自分を抱きしめる母を見つめている。
(そうよ…この子が死んだらあの人はもっと苦しむわ。この子は生ぎていなけれぱならない…死ななけれぱならないのは私と…)
ラケシスはペランダの向こうに見える満月を見つめた。そして思った。
(砂漠から見る月も満月かしら…)と。
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