祈りの翼

『それぞれの真実-Each Truth-巻ノ2』収録
2001.9
発行



 神の代弁者として選ばれ、全てを知る権利を有する者。
 その権利を持つ者は、これからの未来が辛いものであったとしても、決してそれを告げることは許されなかった。
 未来を知ることはてきるが、それを告げることは許されないのである。
 では、何のために神は彼に未来を見せるのだろう―――。

 私は―――生まれた時から神に仕える者だった。
 この世に生まれ出でたその時から、私のうなじにはブラギの聖痕があった。
 それが私の人生を―――決めてしまった。
 三歳で大人の言葉をも解し、一人前の口をきく。
 人々は私を、「神童」と呼んて一目置いた。
 五歳で古代語で書かれた書物を読む。
 父母は私を誇りに思い、最年少で神学校へ入れた。学長も喜ぴ、入学を許可した。
 人々は羨望や誇りをもって私を見、扱う。しかし私にば、その裏にあるものが簡単に見て取れた。妬み、嫉み、出来すぎる私を気味悪く思う心。
 父や母でさえ、私を気味悪く思う心をもっている。
 私を褒める言葉は仮面。
 その下には何が隠れているのか―――。
 なぜか私にはそれがわかる。
 幼い私はその戸感いや悲しみを、内に秘めた。そしてこれ以上吸収しないようにと、心に仮面をかぶせた。
 冷たい、仮面。
 私は自らのカをおごっているような、プライドが高い、と思われるような態度を取るようになった。誤解を受けてまて、自分の心が他人に触れられるのを嫌った。
 それは、生まれながらに決められていた将来への、反発だったのかもしれない。
 同じく何かの仮面を抜った、彼に声をかけられるまでは―――。

+-+-+-+-+-+-+-+-+


「お前がエッタ家のクロードか?」
 当主会議に出ている父親に用があり一バーハラ城の回廊を歩いている時だった。
 十六歳になっていたクロードは、父と共に王を支えるのに十分な年令になっていたが、減多なことではバーハラの宮廷には足を運ぱなかった。人々の目が、とてつもなく嫌だったから。
 聖痕を隠すように伸ばし始めた髪は、すでに背中の辺りにまで届いていた。
「そうですが、あなた様は?」
 クロードは堅い謝調子で問い、自らに声をかけた青年を見た。波打つ赤い髪、意志の強い瞳―――。
「私を知らないのか? めずらしい人にあったものだ。ファラの血を継ぐ幼当主と、有名だと思っていたがな」
「まさか―――!」
 クロードは目の前の青年を凝視した。
 この要望、ファラの血を引く当主といえばただ一人。若いがアズムール王やクルト皇子からも信頼され、並み居る当主達のなかでも有力な地位にある、アルヴィス卿。クロードとひとつしか違わないのに七つから当主の地位にあっただけあり、その威厳は他の当主たちにも劣らない。
「アルヴィス卿…申し訳ありません…」
「いや、謝ることはない。他人に興味のないお前なら、私を知らなくとも当然だろう。しかし…珍しいな、お前が王宮にくるなんて。やっと父の手伝いをする気になったか?」
 この人には―――悪気はないのだろう。表情は軟らかだ。
 クロードはアルヴイスを見上げ、はっきりと言い切る決心をした。まだ、誰にも告げていない決意を、この人には伝えよう、と。
「いえ、私にはそのような気はありません。きっとこれから先も起こることはないでしょう」
 黙って聞いているアルヴィスを、じっと見つめる。何故だか少し自分の言葉が震えているような気がした。
「父上にブラギの聖武器のバルキリーの杖探索の旅に出る許可をいただこうと思って…」
 それは、ただこの国から逃げる口実だった。口実に自分の最も嫌がっていたものを使ってしまうなんて。でも、ずっと考えていたがそれ以外の口実は思い浮かばなかったのだ。言葉が震えるのは、逃げることへの後ろめたさと自己嫌悪のためだろうか。
「そういえば、ブラギの杖はアグストリアの北の塔にあるらしいと聞いたことがある。ブラギの直系しか入れぬ、とな。しかし」
 意味深に言葉を切ったアルヴィスを、クロードは訝しげに見つめる。その時アルヴィスは、嘲笑とも取れる笑みを浮かべながら口を開いた。
「今となってはブラギの杖は、ただのがらくたと変わりないな」
「!」
 思わぬアルヴィスの言葉に、クロードの中で何かが切れた。あれだけブラギの血を忌まわしいと思っていたはずなのに、アルヴィスの言葉で仮面が割れてしまった。
「ブラギを馬鹿にすることは、たとえ誰であろうと許しません!」
 広い廊下にクロードの大きな声が響く。アルヴィスは一歩踏み出して大声をあげたクロードを、目を見開いて見つめていた。
 しかし誰よりもその言葉に驚いていたのは、クロード自身だ。
 誰よりもブラギの血を厭い、逃げ出したいと思っていたはずなのに―――?
 クロードは戸惑い、困惑の表情を浮かべていた。そんな彼の戸惑いの真の理由に気がついているのかわからないが、アルヴィスはその中核には触れぬようにして口を開く。
「すまない…。そんな意味で言ったわけではないのだ。私はどうやら、人の誤解を招くような言い方しかできないらしい」
「………」
 クロードは冷たいイメージのあるアルヴィスが謝罪の言葉を口にしたことに驚いた。噂に聞いていたアルヴィス像とはまったく違う。
 噂では、年齢よりも大人びていて、いつも大人たちの発言を一歩引いたところから見つめている。かと思うと他者の発言の隙を突いて鋭い意見をいい、会議をがらっと違う、自分の思い通りの方向へ持っていってしまう。そして有無を言わせぬ雰囲気をもっている。
 声をかけても鋭い瞳で冷たく反応して本心を見せないので、孤立しているというのだ。年齢とのギャップに、大人たちが敬遠しているといったほうが正しいだろうか。しかし実力を伴っているため、二回り以上違う若者に対して意見を言う当主は、まずいないという。

 それが、今クロードの前にいるアルヴィスは―――。

「誤解しないでほしい。私はお前を褒めるつもりでいったんだ」
 アルヴィスは軽く戸惑いつつ、口を開く。クロードは黙ってアルヴィスの顔を見つめていた。
「レプトールやランゴバルとは、トールハンマーやスワンチカの継承者でなければこんなに重用されることはない、人間としてはたいしたことのないやつらだ。聖武器があってこその当主だ。しかしお前は違う。バルキリーの杖などなくてもお前にはお前自身に十分な価値があると、私は思う。私と同じ年頃で私と同等に議論を交わせるのは、お前だけだろう」
「アルヴィス様…」
 クロードはそれだけ言うのが精一杯だった。アルヴィスの態度に驚きつつも、彼は感じていた。
 いつものように、羨望や妬みの隠れた褒め言葉ではない。
 この人は、人を妬んだり羨望のまなざしを向けたりする必要はないのだ。自分自身が羨望の的になっているのだから。
 言ってみれば、二人は対等なのだ。
「私には、お前が必要なのかもしれない」
 アルヴィスはあまり表情を変えぬまま、告げた。
「私と一緒に、差別のない平和に世の中を目指してはみないか―――?」
(ああこの人は私と同類なのだ。しかし彼には未来に目指すものがある。そしてその未来のために今、私を求めているのだ―――)
 クロードは一瞬強く瞳を閉じ、そして涙を浮かべたままアルヴィスを見つめた。
(ああ―――この人となら、私は対等でいられる。自分の血を厭わしく思うことはなくなるかもしれない。もう人々の嫌な瞳から逃げることはないのだ。この人の側でならば、堂々としていられる気がする。私の身の置き場は、このように大きな志を持つ人の隣なのかもしれない―――)
 そして、差し出されたアルヴィスの手を取る。
 アルヴィスには、共に理想を目指すために、自分と同等の実力を持つ者が必要だった。
 そしてクロードにもまた、自分自身の存在を許すための、未来への目標が必要だったから―――。




+-+-+-+-+-+-+-+-+



→NEXT

+――小説のメニューへ+――