『Streif Licht-一筋の光-』収録
1999.10発行
Remake///2005.11
その日、イザーク王宮から見える空は、かつて無いほどに晴れ渡っていた。
天候さえも、本日結ばれる二人を祝福しているかのようで。
(……空………)
婚礼衣装に着替えたユリアは、控え室でぼうっとその青空を眺めていた。
雲ひとつ無い蒼穹。
なぜだろう……無性に…………
「ユリア、支度できた? ……! なにしてるのっ!!」
控え室の扉を開けて中を覗いたラクチェは、部屋の中で起こっている出来事に驚き、叫びながらバルコニーに駆け寄った。
「はっ…わたし………」
ラクチェの叫びの原因となったユリアは、彼女に腹部を抱きかかえられるようにして引き戻されて初めて、自分がバルコニーの手すりを乗り越えようとしてたことに気がついた。
「どうしたのよ、一体っ!」
ラクチェはユリアの両肩を掴んで揺さぶる。
花嫁が結婚式当日に投身自殺しようとしたなんて思いたくも無い。第一シャナンとユリアの間には猫の子一匹入れぬほどの熱い熱い愛情がはぐくまれているのは、イザーク国民ならば誰もが知っていることだ。だからこそ、今のユリアの行動は理解不能なのだ。
「…私、変なの……」
ぽつり、とユリアの口からこぼれた言葉。それに連動するようにして一筋の涙が流れ出る。
「シャナン様と結婚できるのは嬉しいの….でも、とても不安で……」
「不安?」
「もしかしたら………」
ユリアはぎゅ、と拳を握り締め、晴れ渡った空を見上げる。
「母様や、母様のお母様と同じように、私も愛する人と離れ離れになる運命をたどってしまうのではないかって……」
「ユリア……………」
涙を流れるまま咎めないユリアの横顔はとても静謐なものに見えて、ラクチェはなかなか上手い言葉を紡ぐことが出来そうに無かった。
「不安になるとなぜか、空という大きな腕に抱きしめてもらいたくなるの……」
「大丈夫よ」
ユリアの言葉に、なぜかラクチェの口元には笑みが浮かんだ。
「あなたたちは絶対に離れ離れにはならない」
「え…?」
ユリアにはラクチェがそう断言する根拠がわからない。
思わず見た彼女の顔には笑みが浮かんでいるだけで、その根拠がわかりそうなものは何も無かった.
「だってこんなにも、シャナン様はあなたの心を支えている。イザークにはね、こんな言葉があるの」
そういい、ラクチェはバルコニーの手すりによりかかった。
「『―――蒼穹は愛しき男の暖かき心。見上げればいつも抱きしめてくれる。見守ってくれる。―――碧海は愛する女の切ない心。蒼穹といつまでも見つめあい、蒼穹と心を共にする』」
「…………」
ラクチェの口にした言葉は不思議な響きを持って、ユリアの心を侵食していった。
「空を求めることは、愛する男性を求めること。それだけ強い思いを持っていれば決して離れない。もし離れてしまったとしても、絶対シャナン様なら見つけ出すわ――――――たとえあなたが何処にいるとしても」
「………ラクチェ……」
「それでもまだ心配なら、紐で繋いでおいたら? なーんてねっ」
ラクチェのその言葉にユリアは一瞬固まる。しかし次の瞬間には、暖かい紅茶に入れられた角砂糖のようにさぁっとそれまでの不安は溶け去り、後に残ったのは甘い笑い。
「…ふふっ…ありがと、ラクチェ」
(ああ、ラクチェと仲良くなれてよかった、彼女が友達でいてくれて……)
「じゃあ、シャナン様も海に飛び込みたくなったりするのかしら……?」
「さあ? でも私、セリスになら聞いたことあるわよ」
「え? 答えは……?」
涙もいつのまにか乾き、そんな話に花を咲かせていた二人を遮ったのはノックの音。
一拍置いて扉を開けたのは、髪をひとつに結んで婚礼衣装に見を包んだシャナンだ。
「……用意は出来たか………………………」
部屋に一歩踏み入れて、ユリアをみたシャナンの動きが止まる。
その場にいる、愛するものの姿が美しすぎて、何よりも愛しすぎて……。
「………………まいったな……」
「?」
「……海に飛び込みたくなる気持ちを抑えるのが、また大変になってしまう・………」
ぼそりと照れたようなシャナンが呟いたその言葉。
「!?」
それが今のユリアには何よりのプレゼントで。
「…さぁ、行こうか、花嫁殿………」
照れくさそうに差し出された手に、手を乗せる。
「はいっ………」
そう、この世に空と海がある限り、私たちは決して、離れない――――――。
了
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