満月の蕾


『水面の光』収録
執筆2002年



 やわらかい日の光が王都を包む。
 一年前と変わらないように見えるが、微々たる様変わりは否めない。
 
 たった一年の間にこんなにも変わってしまうものなのか…。 そして、一年前とこんなにも変わらないものなのか…。

 一年前、このアクレイアの宮殿で眺めた月を眺める。
 一年という時間の長さ、そして短さをエルフィン…いや、ミルディンはかみ締めていた。

(さすがに、一年前と同じ私の部屋から見るには、まだ時間がかかりそうだな…)

 ロイを将軍とする一軍は、今日王都アクレイアを奪還した。 そして兵たちは王宮内や城下に部屋を借り、つかの間の休息を得ていた。明日あさってには聖女の塔へ進軍を開始するだろうから、ほんとうにつかの間の休息を。
 しかしそれまで強行軍を続けてきた兵たちにはそのつかの間の休息でも大変嬉しいもので、部屋で早速睡眠を取る者、買い物にでる者、城下の酒場に繰り出す者、さまざまであった。
 ミルディンは静かに、静かに部屋の中で時が過ぎるのを待っていた。
 一年前の自分の部屋で、とはいかないが、同じアクレイアでの月を待ちながら。

 自分の部屋からの月を眺めるには、自分の正体を明かさなければならない。しかし、それは今のミルディンにはまだ出来ないことであった。
 父王の顔が浮かぶ。
 王都を奪還できたというのにまったく嬉しそうな顔を見せなかった父王。
 自分が正体を明かせばその顔に笑顔をともすことが出来ることは明らかだ。
 しかし、まだその時期ではない。
 下手に正体を明かして再び自分が命を狙われ、また命を落とさないとも限らない。
 その心配の元を断たない限り、完全に安全とはいえない。
 まだ、時間がかかる…。
 大切な人だからこそ、巻き込みたくはない。
 今の自分には、その大切な人を守る力がないから。
 今の自分には、その大切な人を悲しませない自信がないから。

「…セシリア…」
 月を見ながらつぶやいてみる。
 一年前の、最後となってしまった別れの夜の彼女の表情、体温、すべて思い出せる。
 これが最後になるなんて思わなかったあの日。
 父王に結婚の許しを得て、祝福されて結ばれ、今頃は二人でアクレイアを支えているはずだった。

『それでは王の許しが得られたら、王子にいいことを教えて差し上げます』

 彼女が口にした思わせぶりな言葉。
 彼女が自分に告げたかったこととは、一体なんだったのだろうか。
 今となってはそれを聞く機会もない。
 以前のように彼女に声をかけることもままならない。
 何度、この手が彼女に伸びそうになったことだろうか。
 彼女の生死がわからなくなったとき、心臓が止まりそうだった。
 一瞬、自分の役目、自分が隠してきた身分をさらけ出してでも、彼女を助けに体が動いてしまいそうだった。
 押さえ、平静を保つのにどれほど苦労しただろう。
 彼女が私の正体に気づきはじめて声をかけてきたとき、どれだけ正体を明かしたいと思っただろう。
 すへべて告白し、彼女の一年前の苦しみを、すべて受けとめてあげたかった。
 そしてこの手で、彼女の暖かさを確かめたかった。
 今でも自分が彼女を愛しているということを、伝えたかった。

(後どのくらい、私は彼女を苦しめればすむのだろうな…)

 ミルディンはため息をつき、ワインの入った木の杯をテーブルの上においた。


 コンコンッ

「…どなたですか?」
 急に現実に引き戻され、ミルディンは少し不機嫌そうに返事を返した。美しい月の夜更けの来客ほど、無粋なものはない。しかしミルディンは扉の向こうから聞こえてきた声を聞き、身を硬くした。
「エルフィン殿! よろしいでしょうか?」
(…! セシリア!?)
 そう。彼が愛してやまない麗しき将軍…。
「…御用でしょうか、セシリア将軍…」
『セシリア』と呼びかけたい心を抑え、ミルディンは「エルフィン」として扉を開けた。
「ちょっとお聞きしたいことがありまして」
 ミルディンは、一瞬たりとも自分から目を離さず、隙を探しているような彼女を部屋に招きいれ、椅子を勧めた。
 彼女は落ち着いた様子で、ミルディンを見つめながら、当たり障りのない質問を重ねてくる。ミルディンは喉まででかかった言葉を押さえながら、あくまでもしらを切る。
「 ……あくまでも、しらをきるおつもりですね。私にも考えがございます」
 軽く目をそらしたミルディンに、セシリアはにっこり微笑んで続ける。
「その髪で隠されている、右肩を見せていただけるかしら」
 セシリアの言葉に、ミルディンは身体を硬くした。
「あなたが、ただの吟遊詩人だと言うのでしたら、そこには高位魔法による 傷あとなどないはずです…! さあ」
 セシリアはテーブルに手をつき、立ち上がった。そしてミルディンに最後の決断を迫る。
 彼は顔を上げ、彼女の瞳を見つめた。
 一年前、愛し合ったときと同じ瞳。
 その瞳からは、今にも涙がこぼれそうだった。
「………セシリア、意地が悪いね きみは」
 そういう以外に方法があっただろうか。
 もう隠し続けられない。
 ミルディンの思いも、セシリアの思いも、もう限界だった。「! やはり、ミルディン王子なのですね!! どうしてそのようなお姿を? どうして 生きていることをお話くださらなかったのです!」
 セシリアはあふれる涙をこらえながら、矢継ぎ早に質問をぶつける。
「…きみを 巻き込みたくはなかったのだけれど、仕方ないな…」
 ミルディンはいとおしそうに目を細め、セシリアを寝台の上へ誘導した。そして彼自身も彼女の隣に座り、その肩を抱いて質問に答えることにした。

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