BELL-生命と愛の音〜想い出を音色に変えて〜

『それぞれの真実-Each Truth-巻ノ1』収録
1996.6発行



悪──────  それが悪だと誰が決めたのだろう。
 本当に彼が悪なのか?
 彼が彼女にとって正義でも人々は彼を認めないのか?
 彼を救い、彼を悪に位置づけた人々への復讐を…彼女は決心した。



───────  グラン歴778年─────── バーハラ城にて「天使」が消滅した。
 それと時同じくして、雷神が風の塵となったとの報告あり。
 今、バーハラ城に座すは─────闇の化身のみ。
 それは、雷神の最後の願いでもあった。


 光あるべき所に必ず闇はあり。
 しかれどもさあ、光の王子よ、闇を消し去り、彼らにも一縷の光を与えよ!



 とてもいい匂いかする。
 甘くて、夢心地の…羽が生えるような香り。
 いくら外で血なまぐさいことが起こっていても、いくら父が民達から不満がでるようなことをしていても、ここだけは変わらない。
 「永遠」という言葉が存在する場所。
 広い、豪華な庭園。
 アルヴィス皇帝がお造りになった百花繚乱の庭。『ディアドラの庭』と呼ばれている。
 その中心の蓮華の花畑に、一人の少年が小鳥と戯れている。
 その伸ばし始めの髪は、アルヴィス皇帝の情熱。
 その肌の色は、ディアトラ王妃の澄んだ心。
よく顔は見えないが、小鳥たちは自分からその少年の視界に入ろうとする。

──────────  天使!?─────────────────────────

 私はその時の彼の背中に、翼を見たような気がした。


「殿下!」
 私は自分の父の声で甘い夢から揺り起こされた。
「ユリウス殿下!」
 2度ほど呼ばれ、それが自分のことだとわかった少年は、小鳥たちを離してこちらへ歩んでくる。
 小鳥たちは彼を取られたことの不満を表すかのように囀り続ける。
「ブルームか」
 少年は私と父の前に立ち、大きな瞳で私をじっと見つめる。それを見て父が私を紹介する。
「お初にお目にかかります。私の娘で、イシュタルと申します。殿下、仲良くしてやってください」 
 父の言葉が終わると、少年───ユリウス皇子はこぼれんばかりの笑みを浮かべた。
「イシュタルって言うの? 僕はユリウス。あっちで一緒に遊ぼう」
 皇子の顔に光が当たり、私には彼だけが聖なるもののように見えた。
 その後、その天使が地に堕ちるとも知らずに──────  。



「イシュタル」
「!」
 イシュタルは背後から突然声を掛けられ、驚いて振り返った。回想に浸っていたので、彼の気配に気づかなかった。
「どうした────?」
 低い声。甘い声。でも優しさなど欠片もない声。
 ユリウスは屈み、イシュタルの顔を覗いた。イシュタルの頬が、ぽおっと紅色に染まる。
「何でも──── ありません」
「そうか」
 瞳をそらしたイシュタルを一瞥し、ユリウスは何事もなかったかのように椅子に座る。
「マンスターから帰ってきたばかりで悪いが、今度はミレトスに行け。子供狩りだ」
「! まだそのようなことをなさるおつもりなのですか!」
 ユリウスは反抗しかかるイシュタルを睨んで、鋭い言葉をぶつける。
「おまえはただ私の言葉に従ってさえいればいい! おまえは私が好きなんだろう?」
「……………」
 冷たく言い放たれ、イシュタルは思わずポケットの中の銀色の鈴を握る。
「…は…ぃ……」
(―――――ユリウス様は変わってしまわれた。この鈴をくださったときとは正反対に……。もう、この約束も忘れてしまったのか──────)
 イシュタルは7年前、ユリウスが変わる直前─────この鈴をくれたときまで想いを馳せた。
   イシュタルの手中にある鈴─────元は一対のものだった。金と銀の、美しい音色のもの。代々バーハラ王家の主人となるものに伝わってきた。心から愛し合ったものがそれぞれ持てば、心は永遠に離れないという。どちらかが死ぬとき──── その死は、どういう形であれ相手のために死ぬという意義のあるものになるという。
 金の鈴は、クルト皇子からアルヴィス皇帝、そしてユリウス皇子へ。
 銀の鈴はシギュンからディアドラに、そして今はイシュタルの手の中にある。
 この鈴をもらったとき、確かに心がつながるのを彼女は感じた。しかしその直後、ユリウスは変わってしまった。
 実の母を殺した────── 。
 しかしイシュタルはその事実を知ってもユリウスに従った。彼を深いところで愛し、鈴の約束を信じていたから。
(もう──── 皇子はあの鈴の約束など忘れ、捨ててしまったのかもしれない)
 そう思い、イシュタルは鈴を視線で愛撫した。

 チリンッ……

「!」
 イシュタルはその小さな音を聞き逃さなかった。小さかったが、確かに鈴の音である。
 しかし自分の鈴は鳴ってはいない。イシュタルは音の出所を探るように前方に視線を移した。


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