『それぞれの真実-Each Truth-巻ノ2』『お試し無料配布本』収録
執筆1997年
その時レヴィンの前に現れたものは―――――風の悪戯か。
それともフォルセティの見せた、幻影なのか―――――。
『うっ…ぐっ…レ…ヴィン…レヴィ…ン…レヴィン!!」
(苦しい…助けて…早くここから出して…)
フュリーは闇の中を歩いていた、ただの闇ではなく、邪悪な臭気の漂ったとても苦しい闇…。
「う…ぐ…」 身体が熱く、息苦しい。それ故に無意識のうちに、今そばにいない愛しい者の名を呼んでしまう。
「レヴィン!!」
「母上!」
大きく一度愛しい者の名を呼んだとき、部屋の扉が勢い良く開かれる音がした。
「母上、大丈夫ですか!?」
身体を揺さぶられて瞼を開くと、心配そうな碧の瞳が目に入ってきた。
「あ…セティね…」
フュリーは肩で息をしつつ、心配そうに自分を覗き込む息子の瞳に応えた。
あの人と同じ色の髪。同じ色の瞳。あの人の面影もある。
その瞳…私を見るまっすぐな瞳。おのずとあの人が思い出される。
私の、ただ一人の愛しい人――――レヴィン。
「大丈夫ですか?」
正義感の強い、心配性の息子はフュリーの額の汗をを拭きながら尋ねた。
もうすぐ17になる息子の声は、すでにあの人のものである。
レヴィンと同じ。
フュリーは瞳を閉じていると、まるであの人と一緒にいるような気がしてとても落ち着く。
「ええ…ちょっと悪い夢をみただけよ…」
フュリーは弱々しく微笑む。その儚げな表情を見て、セティは思わずサイドテーブルの上に拳を振り下ろした。乾いた音を立てて、木製のコップが床に落ちた。中に入っていた氷が溶けたのか、床に少し水溜りが出来る。
「父上は一体何処へいかれたのだ!! 母上をシレジアに置いたままで!! もう、何年も経つじゃないか!」
「セティ」
いきり立つ息子を諌めるように、フュリーは静かに口を開く。
「お父様のことを悪く言うのはお止めなさい。いくらあなたでも、怒りますよ。あの方は…あの方のお身体は、もうあの方だけのものではないのです。私は充分優しくしていただきましたから…」
「じゃあ母様、母様は何故苦しいときに父様の名を呼ぶのです!!」
「フィー…」
いつのまにか開け放たれた扉の外には、あの人と同じ髪の15歳になる少女が立っていた。フュリーの薬の入ったコップを手にもっている。
独特の薬湯の匂いが、フュリーの鼻孔をくすぐる。
「まだ父様を愛しているからでしょう? いつも父様のことを思いつづけているからでしょう? 父様と幸せに暮らしたいからでしょう?」
気性の激しい娘は、瞳に涙を溜めながら訴えた。フュリーの代わりに泣いているのだろう。何を想って泣くかは違うが。
フュリーはレヴィンを想って。
フィーはフュリーを想って。
「ええ…その通りよ。愛しているわ。でも…これ以上の幸せを望んではいけないの。あの人に関して、これ以上何かを望むことは許されないのよ」
「何故…? 何故なの…?」
フィーは哀しげにフュリーに尋ねる。セティも瞳でフュリーに尋ねていた。
「あの人には…あなた達のお父様には大切な使命があるのよ。あの人は今、そのためだけに生きることが許されているの。だからそれを遂げるまで、自分の全ての欲求を捨てなくてはならないの。だからあの人の使命が終るまで、私も幸せにはなれない」
「そんなの…そんなのはあの人の都合でしかない!!」
セティが拳を震わせながら叫ぶ。
「何故母上があの人の犠牲にならなければならないんだ! どうしてあの人の都合に振り回されなくてはならないんだ! あの人がいたら…風使いセティの末裔のあの人がいたら、あの時シレジアが堕ちる事はなかった。おばあ様が亡くなることもなかった!!」
「そうよ! あの人が母様の幸せを壊しているのならば、私たちはあの人を許さないわ!!」
フィーも兄の意見に賛同した。フュリーはその様子にため息をつき、鋭い声を出す。
「お父様を侮辱するのはお止めなさい!! あの人を侮辱すると言うことは、あの人を選んだ私を侮辱するということですよ! 運命のあの日…あの人は重大な使命のために出かけていなければならなかった。仕方がなかったのよ。そして私達三人を助けてくれたのは、あの人の母親であるラーナ様ですよ!?」
二人の子供は母の、思いもしなかった鋭い言葉に一瞬止まった。
そういったフュリーは凛としていて、正当なシレジア王妃―――そしてレヴィンの妻としてのものだった。
「でも二人とも、これだけは覚えておいて」
フュリーは今度はいつもの優しく、穏やかな調子に戻って言う。
「あの人のために生きること、それが私の、妻としての使命なの」
「使命?」
問う二人にフュリーは傍に来るように手で示した。そして傍に膝をついた二人の頭を撫で、憂愁のこもった声で。
「人にはそれぞれ誕生したときから課せられた使命があるの。それを遂げなくては永遠に眠ることは許されないの」
「でも、そんなのやっぱり母様がかわいそうよ…」
フィー母のぬくもりを感じながら、涙を流す。
父が旅に出たあの頃からだんだん細っていき、弱々しくなった母の手。
いつまでもつのだろう。
自分は何処まで母を護る事が出来るのだろう。
セティもフィーも、自分に問うていた。
「私はあの人を愛しているのよ。あの人の幸せが私の幸せよ。あの人を愛することが出来るのが私の幸せ。あの人が幸せでないのに私は幸せになんかなれないの。あなたたちにもいつかそんな人が現れるわ。わかって…」
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